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( ´H`)y-~~明日から3月

( ´H`)y-~~まぁ当たり前のことであるが、明日は3月1日である。

ところで今日のおもしろニュース



(朝鮮日報2月28日)
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2005/02/28/20050228000035.html

大統領夫人も二重まぶたに 大統領と一緒に手術

 権良淑(クォン・ヤンスク)大統領夫人が4日、 まぶたが垂れる症状のため盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領が手術を受けた際、一緒にまぶたの整形手術を受けたことが28日分かった。

 大統領府の関係者は聯合ニュースとの電話インタビューで「権夫人も盧大統領と同様の症状があった」とし、「医療スタッフに手術した方がいいと勧められ、手術を受けた」と明かした。



孔子の孝経は「身体髪膚,之を父母に受く。敢えて毀傷せざるは, 孝の始めなり」と始まるらしいが…「儒教の国」の韓国では、メガネさえも父母の前では「親からいただいた目に不満があると思われてはいけない」という理由でかけないのだそうな。

にも関わらず、整形が盛んなのはどういうことか?と思い、昔、掲示板で韓国人に聞いたところ「病気の一種を治すようなものだからケンチャナヨ」という返事をもらった。

親などが体裁を気にして整形をすすめる場合もあるが…やはり人間の価値を外貌で決めるという事にも韓国人自身も抵抗があるし、儒教との整合性もそれなりに気にしているらしく、日本人から整形のことを言われるのを嫌う傾向がある。

NAVER掲示板では「整形」という言葉が投稿不可能な仕様にされている。禁止単語である。言論統制である。表現の自由を(略

それはそれとして…

明日は3月1日である。

3月1日といえば韓国では1919年に3.1独立運動が起きた日として記憶すべき日である。
明日も韓国のニュースから目が離せない。(笑)

( ´H`)y-~~

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唐辛子

常日頃


< `∀´> 日本の○○はウリナラ起源nida!ウリナラが伝えたnida


という韓国人であるが、唐辛子と花札は日本起源だと言うらしい。


ところで2月27日の朝鮮日報に以下の記事が載った。


http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2005/02/27/20050227000028.html

唐辛子の独島デモ

 「独島は日本領土」という駐韓日本大使の発言に抗議するデモで、トウガラシを撒き散らす光景が(韓国で)報道された。韓国初の唐辛子デモが朝鮮時代末期の鬱陵島で親日勢力に対する反動から始まったのと偶然一致し、余韻を残している。


…唐辛子って、あんた…

記事にはさらに「鬱陵島で親日勢力に対する反動から始まった」唐辛子デモについて「親日派」とされた島主の家に唐辛子を持って押しかけ、目が開けられないほどにぶっかけたあげく、海に放り込んで殺し、家族を島から追放したとある。

…ひどいなぁ。こんな死に方はしたくないなぁ。


ところで、NAVERで有名な女性韓国人投稿者にhseお姉さんという人が居る。
自称、若くて美しい乙女なのだが、話題の古さなどから相当に薹のたったお姉さんであるらしい。
このhseお姉さんがかつて

「日本人男は唐辛子が大きい!わが国男は小さい!」

とか言ったことがある。

この場合の「唐辛子」ってどういう意味なんだろう?

ボク、子どもだからわかんないや。


( ´H`)y-~~


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竹島(takeshima)について少し

さて。69年前に帝都に雪が降った日につまらない話題をするのも何だが、竹島(takeshima)の話である。




(中央日報2月25日)
http://japanese.joins.com/html/2005/0225/20050225153530200.html

明治政府も「独島は日本の領土でない」

およそ10年間にわたり鬱陵島(ウルルンド)と独島(ドクト、日本名・竹島)関連の歴史を研究してきた日本の学者が、「歴史的に独島は日本の領土ということはできない」という論文を最近、発表した。

中略

◇根拠がない「無主地占領」=内藤教授は「1900年の大韓帝国勅令で独島を領土として確認したので(日本政府が独島を)『無主地』と見るのは難しい」と話した。


まぁ、内藤正中がこういうことを言い出したのは最近では無いわけで、yahooでもずっと前に半月城 が自信満々に取り上げてあっさり論破されたことがある。

そもそも1905年以前に韓国側が竹島(takeshima)を正確に認識し領有意志を示し実効支配を行っていた証拠が無い限り、韓国人がどんな妄言を重ねてもムダなのだが、性懲りもなく妄言を繰り返す輩が絶えない。(笑)


また、「1900年の大韓帝国勅令」(勅令41号)に関しては田中氏のサイト

http://www.geocities.jp/tanaka_kunitaka/takeshima/

を読んで頂ければ分かるかと思うが、そもそも鬱陵島近辺の地理を指し、竹島(takeshima)は関係ない。
該当部分を引用させて頂くと


1907年に発刊した張志淵の『大韓新地志』では「鬱島(1900年に鬱陵島から鬱島に名称変更)の位置を130度45分から35分に至る」と認識していた。竹島の経度は、この鬱島の外にある。したがって先の勅令に挙げられた鬱陵島の属島である「竹島(Chukdo)」も「石島」も当然、東経130度45分から35分に至る間に点在する島嶼であったことを示している。

ところでこういうニュースもあった。


(中央日報2月25日)

盧大統領の「まぶた手術」で論争、暴力振るう

釜山市釜山鎮(プサンシ・プサンジン)警察署は25日、酒屋で、盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領の「まぶた手術」をめぐって、そばの席の女性顧客と言い争う途中、暴力を振るった疑い(暴力行為など)で、イ某容疑者(50、京畿道水原市)を書類送検した。



…まぁ、気持ちは分からないでもないが、殴るこた無いし、ましてや記事にするほどのネタでもないと思うのだが、どうか?


( ´H`)y-~~


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盧武鉉

( ´H`)y-~~…今日も竹島祭りで真新しいネタが無いや。

さて、すっかり男前になった盧武鉉である。

これで残りの任期もばっちりだ!


(産経新聞2月25日) http://www.sankei.co.jp/news/050225/kok059.htm

歴史問題で日本を批判 盧大統領、就任2年演説

 盧大統領は「歴史問題を処理するドイツと日本の異なった態度は、多くの教訓を与えている。両国の異なった態度によって、隣国から受ける信頼が異なる」と指摘。また「過去に対して率直でなければならない。そうしてこそ、過去を捨てて未来に向かうことができる」と強調した。

大統領の発言は、自国の歴史の真相究明問題を語る形式を取ることで直接的な対日批判を避けながらも、「韓流」ブームなどで良好な日韓関係に竹島問題などで摩擦が起きていることを考慮、日本側に「過去を直視して未来に向かう」ことを訴えたとみられる。



orz

…今時、ドイツとの比較論かよ。

ま、今までの大統領もみんな何かあったら日本を叩いてたからね。

特に盧武鉉大統領は実績に疑問もあり、当初の期待が失望に変わりつつあるという話も聞くし、北との関係も大きな問題となってくるだろう。

困ったときの日本叩き。…ま、今までと違って日本側は冷ややかだが。

( ´H`)y-~~

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( ´H`)y-~~今日は簡単に

昨日(2月23日)の写真の説明がニコちゃん大王になっていましたが、愼鏞廈氏の間違いでした。
何故、こんな基本的なミスがあったのか分かりませんが、謹んでお詫びして訂正します。(でも、賠償はしない)

さて。
今日も朝鮮半島系のニュースなどを見たり、NAVERを見たりしていましたが、どこも竹島だらけでお腹一杯desu~~

o(`ω´*) o

今日は怠けて簡単にすませようと思う。


朝鮮日報(2月23日) http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2005/02/23/20050223000061.html

駐韓日本大使「独島は明白な日本領土」

 高野紀元・駐韓日本大使が23日、外信記者たちとの懇談会で、独(トク)島は明白な日本領土だと主張したと伝えられた。



http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050223-00000278-jij-int

外交文書公開、悪影響なし=補償問題で再交渉には応ぜず-駐韓大使

被害者の遺族らが日本との再交渉を求めているが、高野大使は「条約と一連の協定は両国関係の基盤となっており、国会で批准もしている」として、再交渉には応じない考えを示した。 
(時事通信) - 2月23日19時1分更新


高野紀元・駐韓日本大使!GJ!!

まぁ、本来、「あたりまえ」のことではあるのだが。


( ´H`)y-~~

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竹島問題

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(ニコちゃん大王)

昨日書きそびれてしまったが、2月22日は1905年に竹島が島根県に編入されてから100周年である。
竹島というのは島根県隠岐郡五箇村竹島という日本国の領土であるが、韓国による不法占拠が続いている島である。

詳しくは外務省のサイト
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/takeshima/
やyahoo竹島トピで有名な田中氏のサイト
http://www.geocities.jp/tanaka_kunitaka/takeshima/
を見て欲しい。

ところで島根県議会に100周年を記念して2月22日を竹島の日とする条例案が出された


http://www.asahi.com/politics/update/0223/006.html (朝日新聞2月23日)

島根県議会に「竹島の日」条例案上程 韓国側は反発

 日本と韓国がともに領有を主張する竹島(韓国名・独島)を巡り、同島が帰属する島根県の県議会で23日、「竹島の日」を定める条例案が議員提案された。竹島の領土権の早期確立を目指し、帰属を県告示した1905年2月22日から100周年を迎えたのを記念して、同日を「竹島の日」とする内容だ。



ちなみに「韓国側の反発」は


http://www.yonhapnews.co.kr/news/20050223/040301000020050223110243K6.html (韓国:連合ニュース2月23日)

県議`竹島の日'制定条例の中上程よって

李義根支社声明発表,慶尚北道派遣公務員召還措置
慶尚北道が姉妹提携を韓日本島根(島根)現議会の`竹島(竹島.獨島の日本名前)義 日'
制定と関連,島根県と交流を全面中断するなど 本格対応に 出た.

慶尚北道は23仕事島根県 議会が`竹島の日'を制定する条例の中を上程しよう李義根
支社名医のステートメントを発表,"島根県で竹島の日制定と係わった一連の事態を
撤回するの ないたいてい交流を全面中断する"故明らかにした.

これによって島根県に派遣した慶北道庁公務員を直ちに召還して慶尚北道に勤めて
ある島根県公務員に大海は出勤止まり措置を下げた.


ということだが、何が困るの?という気がしないでもない。

また、2月22日付の東亜日報には漢陽大学の 愼鏞廈(シン・ヨンハ)教授の文が掲載された。
このシン・ヨンハ氏は竹島(韓国では獨島と称している)関連でよく発言する人物である。


http://www.donga.com/fbin/dfsrchview?n=D022235404407841

獨島 侵奪 祈祷 謝罪すると

今日は 日本が 韓国 領土 ‘獨島’を 奪って 日本 領土に 編入しようと 策動した 1905年 2月 22日の 100年目 になる 日だ. .

中略

 獨島は 西紀 512年から 新羅 領土で 記録された ‘傘も’で ‘獨島’ ‘石刀’ などとも 呼ばれた 韓国 領土なのを 100年 私は 日本 明治(明治) 政府は 寝る 分かって あった.

中略

 日本 側の 鬱陵島・獨島に 大韓 欲心を 看取した 大韓帝国 政府は 1900年 10月 25日 勅令 私の41号で 地方行政制度を 改編して 鬱陵島と 獨島を 江原 蔚珍郡で 分離した 後 ‘鬱陶だね’で 独立させたし, このような 事実を ‘官報’に 載せて 世界に 知らせたし, 軍需を 任命 派遣した.

中略

 そうだが 1905年 1月 当時 ①獨島は ‘韓国’という 主人が ある ‘幼主だ(有主地)’だったし ②日本 政府は 韓国 政府に ‘問い合わせ’ または 国際 ‘考試’を 夏至 なかった から 日本の 獨島 編入は 基本的に 無效だ. よって 私の2車 世界大戦 後 連合国 総司令部も 1946年 1月 29日 獨島を 韓国 領土で 判定して 韓国に 返還した.


長いので部分的に抜き出したが、実はこれらは韓国側妄言の代表的なものである。

詳しくは上記に紹介した田中氏のサイトなどを見て欲しいが、一つ残らず論破されている。

要は

朝鮮の文献に記録されている島は鬱陵島のことであり、竹島(takeshima)は関係ない。

勅令41号に示された島も鬱陵島近辺の地理を指し、竹島(takeshima)ではない。

また、連合軍が韓国領土と判定したなどと言うのはウソである。


竹島問題の真実の原点は、李承晩が一方的に昭和27年1月18日に海洋主権宣言(李承晩ライン)を宣言し、竹 島もこの李ライン内に含まれると主張した事にはじまる。

李承晩ラインで検索して頂ければすぐに分かると思うが、この件に関連して日本人の漁民が数多く犠牲となった。

竹島問題の原点には韓国による日本領土侵略という国家犯罪があることを忘れてはならない。


( ´H`)y-~~

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国民保導連盟事件

日本でも公開された映画「ブラザーフッド」でヒロイン役をつとめたイ・ウンジュさんが亡くなられたとのこと。


(産経新聞より)

http://www.sankei.co.jp/news/050222/bun103.htm

イ・ウンジュさん自殺 韓国の人気女優

 朝鮮戦争を描いた韓国映画「ブラザーフッド」(原題「太極旗を翻して」)のヒロイン役を務めた韓国の人気女優、イ・ウンジュさんが22日、ソウル近郊のマンションで自殺した。24歳。韓国メディアが一斉に伝えた。


どのような事情かはまだよく分からないが、なんとも痛ましい話だと思う。

さて、映画ブラザーフッド(太極旗を翻して)の中で、映画が始まってまもなく、イ・ウンジュさんが演じていたヒロインが「国民保導連盟」の話をする場面があるが、これは、少し韓国に詳しい人であれば、その後に続く悲劇を予感させるものである。

国民保導連盟事件とは何かというと、




http://www.naeil.com/weeklynaeil/naeil/news/318/31851.htm

国民報道連盟は去る1946年李承晩政府が反共法を作りながら農民組合総連盟など左翼組職に掛かり合った人々を転向させるという名分に結成された.
そうして6・25戦争が勃発すると軍は報道連盟院たちが北側に加わるはずだという推測で1950年8月を前後で全国各地でこれらに対する虐殺に入って行ったこと.

これは韓国現代史最大のシビリアン虐殺事件に記録されているしこの中には左翼勢力と関係がない良民たちもかなり多い数含まれているという主張が強く申し立てられている.


要するに、朝鮮戦争時に共産主義者との疑いをかけられた人々が大量に虐殺された事件である。
犠牲者の数は数十万以上とも言われている。

韓国現代史の暗部であるが、近年、「文民政権」になってから明るみに出ることとなった。

ただ、この「文民政権」も「親北」との見方もあり、韓国政治の状況は複雑である。

( ´H`)y-~~

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愛国歌

…東海の水と白頭山が 乾きすり減るまで 神の見守る我が国万歳

韓国の実質的な国歌とされる愛国歌の冒頭である。

ウィキペディアの記事には


作詞者不明、作曲者は安益泰(안익태 (An Iktae); 1905年 - 1965年)。歌詞は、1948年の大韓民国建国よりもはるかに前、20世紀初頭から「蛍の光」のメロディーに乗せて歌われたものである。その後、安益泰が新たなメロディーを作曲して管弦楽曲『韓国幻想曲』の終曲として発表、以来このメロディーで歌われるようになった。しかし、安益泰の没後50年後の2015年まで著作権が存在するため、国歌としては珍しく著作権料支払い問題が存在する。2003年12月には韓国音楽著作権協会が、演奏前にこの曲を演奏したプロサッカーの2チームを告訴している[1]。

とある。
最近も韓国マスコミで取り上げられた。


http://japanese.joins.com/html/2005/0211/20050211184136400.html

愛国歌もネットに掲載すると違法

「愛国歌(韓国の国歌)の著作権を政府が購入してほしい」。5日、文化部が行政自治部(行自部)あてに協調公文を送った。愛国歌の作曲者、故安益泰(アン・イクテ、1906~65)氏の遺族と接触し、愛国歌の著作権を購入してほしい、との内容。愛国歌をインターネットに載せるだけでも、著作権法の違反になる状況を解決してほしいとのこと。



…まぁ、著作権関連にしては韓国らしくないような気もしないではない。(笑)

さすがに困るらしく何とかしようと言うことだろうか。

この件の続報がある。



http://japanese.joins.com/html/2005/0220/20050220195813700.html

故安益泰先生の遺族「愛国歌の著作権を韓国に譲渡」

愛国歌を作曲した故安益泰(アン・イクテ)先生の母方の親類ミグエル・イクテ・アンさん(28)が「愛国歌の著作権は韓国国民の所有物だ」と述べた。 スペイン・マジョルカで安先生の妻ロリータさん(89)とともに住んでいるミグエルさんが、家族を代表して著作権を韓国に渡す意向を明らかにした。

ミグエルさんは19日夜(日本時間)にメディア記者や駐スペイン韓国大使館に電子メールを送り「愛国歌の著作権料が韓国で問題となっていることを遠くスペインでのニュースで知り、非常に申し訳なく感じ、立場を公表した」とし「うちの家族は愛国歌を共有物と考えてきた。愛国歌は韓国民のものであり、それに対する決定は韓国民が下していただくよう望む」と伝えた。 また「うちの家族を韓国民の一員と思ってくれるよう切に願う」と述べた。



まぁ、めでたい話であるし、いい話じゃないかとも思うのだが、これまた韓国らしくないとか本当か?と、思ってしまうのはボクの心が汚れているのだろうか。(笑)


ところで
…東海の水と白頭山が 乾きすり減るまで 神の見守る我が国万歳
の「東海」とは日本海(sea of japan)のことである。

日本海(sea of japan)に関してはいわゆる日本海呼称問題があり、白頭山も北鮮と中共との境にある山である。

この歌詞には呪いが込められているという人もいる。

( ´H`)y-~~

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親日派

「親日派のための弁明」という本があるが、私が日韓翻訳掲示板と関わるようになって始めにとまどったのは「親日派」という言葉に対する韓国と日本の意味の大きな違いである。

日本語で「親日派」というと、単に日本に親しみを持ってくれるような人の意味だが、韓国で「親日派」という言葉は自動的に


国賊


売国奴


民族反逆者

という意味になる。

もう、単語として定着してしまったから仕方がないと言うが、やはり日本に親しみを持ってくれるような人を言うときに困るのでそう言う場合は「知日派」と言い換えるらしい。


さて。日韓併合関わって、一進会について言及されることがある。

日韓歴史関連についてとても有名な大日本史番外編朝鮮の巻というサイトの記事http://f25.aaa.livedoor.jp/~zflag/mirrors/didi/kankoku_heigou1.htmには


公称百万会員の韓国最大の政治団体一進会の李容九会長は、1909年12月「韓日合邦建議書」を韓国皇帝純宗に上奏し、同時に曾禰荒助統監、李完用首相にも提出して、韓日合邦を全国民に訴えた。

とある。

韓国側から併合を請願した団体と言われているが、併合ではなく合邦という対等の連邦制を考えていたという説もある。
無論、国力の差などの当時の状況から言うと対等の連邦制は夢想にすぎず、かつ、韓国側に民衆、民族の利益を守る力を持った近代的国民国家形成への具体的な意志や政策は見られず、そうした意識に乏しかったのではないかという傍証も、またある。

朝鮮半島の運動について東学党の乱や3.1独立運動はよく知られているが、親日派として軽視あるいは黙殺されがちな一進会などの親日派の功績や意義についても再検討の余地はあると私は思う。


( ´H`)y-~~

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( ´H`)y-~~李泰鎮

このブログ中でも何度か名前の出たソウル大学教授李泰鎮氏であるが、韓国マスコミにおいて先日記事となった 閔妃暗殺事件関連についてNAVER掲示板 の日本側利用者から疑問が持たれていて、いろいろな方法で質問状を提出しようと計画された。

私自身も微力ではあるが関わっている。

質問状を出した結果、返信があった。

どういう状況であるかはzeong氏の日記を見て頂きたい。

律儀な方のようである。
李泰鎮氏の学説に対しては多くの疑問があるが、その全てに真摯に回答して頂けるのではないかと期待したい。

( ´H`)y-~~

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「在日」とアイデンティティ

( ´H`)y-~~2月10日に書いたことと関連して。

ニューズウィーク日本版(2005年2月16日号)において鄭大均氏は以下のようにも書いている


妹の裁判闘争に私が批判的だったのは、何よりもそれが「在日の不透明性」を永続化させると考えたからである

中略

外国籍を維持したまま内国人との平等をめざす妹たちの運動は、在日のアイデンティティと帰属(国籍)の間にあるズレを永続化させてしまう。



現在では在日韓国人・朝鮮人の方々が特に外国人であることを意識することは少なくなったらしい。かなりの部分で日本文化と親しみ住民としてとけ込んでいると言っていいと思う。しかし、それならば、何故に帰化しないのだろうか?

多くの人が言っていることであるが、私も「国籍」と「民族」は別のものだと思う。

ところで昔、ハンボードという掲示板に以下の内容を書いたことがある。


私たちはつい日本人の感覚で見てしまいますが、私たちが相手としているのは私たちとは全く異なる文化に属する人々なのです。


例えば、私は日韓翻約掲示板でよく書き込みますが、日本人が江戸時代の識字率 のことで韓国を非難することがたまにありますが、これは大きな間違いです。日本の識字率の高さの方が異常なのです。

そして、西洋以外で自力で近代化を成し遂げた国は日本だけです。

かつてはシナ文明の体制(冊封体制)の文明国として誇りを持ち、文明の中に属しないということで日本を蛮国と蔑んでいた人々が、近代以降は日本の後塵を拝せざるおえなくなったのです。…かつては安定した中央集権国家を誇っていた国ですが、逆にこんどは腐敗した中央集権体制が近代化を阻害する要因となったのです。

その後も、日本に保護されるという屈辱、そして、実際に差別もあったでしょう。さらに、朝鮮人を見る憐憫の目でさえも彼らには恥辱だったでしょう。

私たちはついうっかり日本人の倫理感覚で見てしまいますが、古代以降、大国に従い、近代になってからは、かつては蔑んでいた国の人々からでさえ憐憫の目で見られてきた人々の精神性を本当に理解しようとしていたのでしょうか?

私たちはお互いに「理解」は出来ない、異なる存在であるかも知れません。
しかし、相手を見るときに、深い同情の心が必要だと思うのです。


数年前に書いた文であり、現在とは考え方が変わった部分もあるが、そのまま引用した。
ちなみに上記の内容を書いた後、管理人の金明秀くんから、書き込み内容どころか登録まで速攻で削除された。

…思うに、「民族」としてのアイデンティティが薄いからこそ、「国籍」という形でしかつなぎ止めることが出来ないのでは無いだろうか?
だからこそある種の方々は反日という形でしか自分たちのアイデンティティを主張し得ないのではないかと思う。
在日である当事者の皆さんが民族としてのアイデンティティを強く持ち、朝鮮半島出身であることに誇りを持つようにならないと本当の意味での解決では無いと思う。
人生に民族を埋めるのは大事なことだ。…相互に「民族」に誇りを持ち、異なる「民族」であり、かつ同じ「国民」として生きて行けたらいいなぁ、と心から願って止まない今日このごろである。


ところで話を変えて韓国の盧武鉉大統領のニュース


ノ・ムヒョン 大統領 二重瞼 生じた http://j2k.naver.com/j2k.php/japan/news.naver.com/news/read.php?mode=LSD&office_id=032&article_id=0000108118§ion_id=100&menu_id=100

ノ・ムヒョン 大統領が 17仕事 青瓦台で 開かれた 在外公館長 晩餐で 目 手術の後 初めで 公式席上に 姿を 現わした. 手術前 姿に 比べて 手術を 受けた 上眉毛 周りで 茶色色 二重瞼 自国が はっきりと現れる. 鋭い 以前 姿に 比べて 二重瞼で 姿が よほど 変わりながら 目つきが 柔らかくなった 印象だ. 露台通霊は この日 手術で よる むくみが 皆 引くの ない ように 普段と 違い 金ぷくりん めがねを 着した.



…あえて画像は載せない。


( ´H`)y-~~

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日韓併合不法論(その3)

1月25日
2月1日
の続きである。

といっても特に真新しい内容があるわけではなく、何故、韓国側、特に李泰鎭氏は「日韓併合不法論」に拘るのかについて考えてみた。

日韓併合が正義であったか不正義であったかについて問われれば、確かに不正義であった部分も否定できないと考えるが、実定法上「合法」か「不法」かを考えた場合には過去にも書いた通り、ほとんど議論の余地無く合法であったとするのが妥当であろう。

にもかかわらず、なにゆえに韓国側、特に李泰鎭氏は「不法論」に拘るのであろうか?
一つには政治的目的が有るのではないかと言われているが、私はその根本に韓国人の歪んだアイデンティティの問題があると考える。

韓国の先人達は立派だった。立派な国家であった。他の征服された国々とは違う。…そういう「神話」を世界に対して、特に日本に対して認めさせたいという「願望」がその根底にあるのではないだろうか。

李泰鎭氏は閔妃殺害事件についてもこのように語ったという

http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2005/01/13/20050113000000.html

…願望に基づく「神話」を維持するうえで有利に見える内容をつなぎ合わせ、自分たちの好む「物語」に合わせて資料史料を集め、恣意的な解釈を加える、という態度はおよそ学問として間違っている。しかもfactの部分で辻褄があわず、私のような素人レベルの人間が見てもおかしい「トンデモ史観」となっている。


朴大統領はかつてこう書いたという。


いつの時代に辺境を超え他を支配したことがあり、どこに海外の文物を広く求めて民族社会の改革を試みたことがあり、統一天下の威勢でもって民族国家の威勢を誇示したことがあり、特有の産業と文化で独自の自主性を発揮したことがあっただろうか。いつも強大国に押され、盲目的に外来文化に同化したり、原始的な産業のわくからただの一寸も出られなかった。

「われわれのもの」はハングルのほかにはっきりとしたものは何があるか。

我々はただ座してわらを編んでいただけではなかったか。

中略

このあらゆる悪の倉庫のような我が歴史はむしろ燃やして然るべきである。

「朴正熙選集」-我々は今何をいかになすべきか-


座してわらを編んでいて何が悪い?

貧しいことは罪でも恥でもない。

必死で生きてきた事実を誇れば良いではないか。

これまでの100年を嘘で固めるよりも真実をみとめ、これからの100年を考えるべきであろう。

韓国を心から愛する良心的日本人のkimuraお兄さんはそう考えている。

( ´H`)y-~~

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( ´H`)y-~~いわゆる「従軍慰安婦」の話(その2)

その1からずいぶん間が空いたがその2である。

といっても、今回もまた大した内容があるわけではないが、細々と続けていけばいつか良いことがあるんじゃないかと思う今日このごろである。

慰安婦問題に於いてよく扱われる話題として河野談話と、その根拠についての事柄がある。

この問題の要点が強制性の有無であることは以前にも述べたが、「慰安婦関係調査結果発表に関する
河野内閣官房長官談話」 (平成5年8月4日)において、以下のように言っている。


 今次調査の結果、長期に、かつ広範な地域にわたって慰安所が設置され、数多くの慰安婦が存在したことが認められた。慰安所は、当時の軍当局の要請により設営されたものであり、慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した。慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。また、慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった。

しかし、このことについて

平林博外政審議室長は以下のように答弁している


○政府委員(平林博君) お答えを申し上げます。  政府といたしましては、二度にわたりまして調査をいたしました。一部資料、一部証言ということでございますが、先生の今御指摘の強制性の問題でございますが、政府が調査した限りの文書の中には軍や官憲による慰安婦の強制募集を直接示すような記述は見出せませんでした。 ただ、総合的に判断した結果、一定の強制性があるということで先ほど御指摘のような官房長官の談話の表現になったと、そういうことでございます。

140回-参-予算委員会-02号 1997/01/30より引用した。
上記内容は国会会議録検索システム
http://kokkai.ndl.go.jp/
で見ることができる。

とりあえず謝って済ませてしまおうという投げやりな対応が今日の混乱を招いたと言っても過言ではないだろう。


ところで、今日は親愛なる指導者、金正日将軍の誕生日であるらしい。

朝鮮日報の記事
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2005/02/16/20050216000054.html
より


北、金総書記誕生日迎え住民の結束強調

 北朝鮮は16日、金正日(キム・ジョンイル)総書記の63歳の誕生日を迎え、米国に強く対抗し、住民の結束固めに焦点を当て、祝賀ムードを高揚させた。

 2月に入り、16日午前まで全国で開かれた金総書記の誕生日行事は約40件と例年と同じ水準だが、その熱気は金総書記の誕生日を1週間後に控えた10日、核兵器保有を宣言してからさらに熱くなった。


核兵器保有の意味が分かってないんじゃないのか?

ところで、ネットで検索すると高倉健も2月16日が誕生日であるらしい。
健さんといえば、鉄道員の撮影の時に、ものすげー寒いのに、健さんだけが火にあたろうとせず、他のスタッフも健さんのてまえ、あたれずに寒くて困ったというエピソードがあるそうだ。

きっと、北朝鮮でも将軍様が率先して贅沢をせず苦難に耐えているから、北朝鮮人民も苦難の行軍に耐えているのであろう。

( ´H`)y-~~


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「創氏改名」という誤解(その3)

SUB:朝鮮総督令第19号「朝鮮民事令中改正ノ件」関連(その1)

いわゆる「創氏改名」は「創氏」と「改名」に別れていて、「創氏」は1939年の朝鮮民事令改正による強制であったとされる。

この改正は朝鮮総督令第19号「朝鮮民事令中改正ノ件」であり、アジア歴史資料センター

http://www.jacar.go.jp/index.html

「朝鮮民事令中ヲ改正ス・(壻養子制度創設及之ト関係スル氏ニ関スル規定)」
レファレンスコード:A02030160700

で見ることが出来る。私も読んだ。
ただ、テキストにするのに少し手間がかかるので、この件に関して詳細は後日、続きを書くことにする。

なお、「朝鮮民事令」+「創氏」で検索を行うと面白いサイトが多く見つかる。

辻本武氏の「歴史と国家」雑考第12題 創氏改名とは何かなどではほぼ言い尽くされていると思うが、補強する意味で元の史料を後日紹介したく思う。

また、この件に関しては多くの意見があり、それらに関する考察はゆっくりと続けていきたいと思う。


さて、話を変えて軽くニュースの話を二題しよう。

それぞれアサヒ・コムより。


http://www.asahi.com/special/nuclear/TKY200502140104.html

カダフィ大佐、平和特使で訪朝か 韓国とリビアが計画

 リビアの最高指導者カダフィ大佐から北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)総書記に、核開発をやめるよう説得してもらおう。そんな「平和特使」構想を韓国とリビアが温めている。


まぁ、過去にも取り上げた話題である。
最近、この程度では驚かなくなってきていて、毒されてるなぁと思う。


http://www.asahi.com/international/update/0215/007.html

北朝鮮が新型ミサイル開発か 韓国紙報道

 15日付の韓国有力紙、朝鮮日報は韓国政府消息筋の話として、北朝鮮が射程600~1000キロの新型スカッドミサイルを開発した模様だと伝えた。既存のスカッドB(射程約300キロ)、スカッドC(同約500キロ)の射程を延ばし、命中精度も向上させたもので、韓国全土が攻撃可能になり、日本の一部も射程に入ると見られる。



るーるーるるるー♪


それは「夜明けのスキャット」やぁっ!


(若者を置き去りにしてごめんなさい)


( ´H`)y-~~

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謝罪と賠償

2ちゃんねるなどを経由しておもしろい記事を見つけた。

在日の方のブログで「コリアン・スケッチ」 というところの記事である。

なかなか良い内容だったけど、若干、疑問もあった。

元の記事は
http://krj2005.exblog.jp/m2005-02-01/#664373
を見て欲しい。

( ´H`)y-~~


 ・日本は謝罪する必要がないし、何度も謝罪と賠償を行ってきた。

  ⇒「謝罪する必要がない」は、歴史観に関わる。これについては後述する。「何度も謝罪と賠償を行ってきた」。謝罪が数度行われていることには同意する。賠償だが、今まで日本国と韓国および北朝鮮との間で結ばれた国家間の条文で、自分が知るかぎり「賠償」という文字が使われたことはない。


( ´H`)y-~~そらそうでしょうね。

前にも書いたけど、「賠償」する根拠無いもの。
どういう根拠で「賠償」を求めるのか、根拠があるなら聞きたいものである。

ただ、法的な「賠償」と一般的な「つぐない」とは混同しないようにしたいよね。


 ・日韓基本条約で賠償は終わっているので、請求する対象は韓国政府。

 ⇒法的に正論と思われる。だが日韓基本条約では経済協力が形式上行われたのであり、これを実際の賠償と見なす見方はあるにせよ、法的に賠償とすることはできない。
 請求する対象は韓国政府、に関してだが、それならなぜ日本は何度も、韓国人の個人補償を訴える訴訟を裁判で取り扱ってきたのか。これに関して、私が通う大学の教授が、面白いことを言っていた。ただその内容を忘れたので、四月の新学期開始時に聞いてみて、このブログに書く。


「賠償」については一般的な意味での償いと故意に混同しているのかどうか知らないけど、上記の通り。
法律はボクはよく知らないけど、裁判って、特に手続き上、問題が無ければ取り扱うんじゃないの?まぁ、棄却されたり敗訴したりするわけだけど。
大学の教授にどういう説があるのかは分からないから、また見てみよう。


・韓国政府が北朝鮮の分も受け取っている。

 ⇒法的に不当と思われる。条約の効力は、原則として条約を結んだ当事者国間に限られ、第三国には及ばない。
 これは「条約法に関するウィーン条約」第4節第三十四条(第三国に関する一般的な規則)で、

 条約は、第三国の義務又は権利を当該第三国の同意なしに創設することはない。

 と、法典化されている。日本は1981年、この条約に加盟している。
 
 そうなると、朝鮮民主主義人民共和国は国家かという問題が浮上する。公的に、日本も(たしか韓国も)共和国を国家とは認めていない。が、共和国が国際連合の加盟国となるときに日本は賛成投票を投じている。また、日朝平壌宣言において、日本国総理大臣小泉純一郎、朝鮮民主主義人民共和国国防委員会委員長金正日、との連名で、対等な国家間関係として条文を結んでいる。
 よって、公的に国家と認めなくとも、実際には共和国を国家と認めているに等しい。また、共和国は百ヶ国以上と外交関係を結び、国際的にも確固とした国家の地位を得ていると判断する。
 よって、「条約法に関するウィーン条約」の第三国として十分に扱われるしかくがあるので、朝鮮民主主義人民共和国の同意がない日韓基本条約において、共和国の対日請求権まで消滅したと考えるのは法的に不当であり、よって法治国家間の関係である現代の国際関係に照らして、誤っていると判断する。

 これに日本が反論するなら、あくまで共和国を国家と認めず対応を進めていくことになるが、現状を見る限りその可能性は低い。この論点を指摘された方がそれでも自らの主張を押し通すなら、積極的に日本社会に働きかける可能性があるだろうが、客観的に見てその試みが成功する可能性も低いと思われる。


まぁ、日韓基本条約で大韓民国を「朝鮮にある唯一の合法的な政府であることが確認される。」とあるものとの整合性をどうするかと言うことはとても興味がある。

あと、 請求権方式だと日本がたくさん貰える計算になるんだけどこのことについてどう考えておられるのか不明。

ついでに

積極的に日本社会に働きかける可能性があるだろうが、客観的に見てその試みが成功する可能性も低いと思われる。

は「客観」なのか?

まぁ、概ねそんなに不合理な文章ではなかったので細かいところが気になった。

在日コリアンというと、なんとなく分からず屋が多そうなイメージが先行するが、実際にはこういう真面目な方が多いようだ。

ただ、「賠償」をどういう意味で使っているのか?というのは気になった。

(法的に賠償する根拠がないので)「日本が賠償していない」のを
「日本はつぐないの気持ちがない」という情緒的な反応と故意に混同し、政治的に利用してきたグループが多々あるので、このあたりは慎重に考えたいと思う今日この頃である。

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「創氏改名」という誤解(その2)

ネットなどで検索すると、実は朝鮮人が日本名を名乗りたがったが、総督府は朝鮮人の改名を禁止していた、という記事があり、その根拠として総督府令第124号「朝鮮人ノ姓名改称ニ関スル件」「内地人ニ紛ハシキ姓名」を禁止というものが上げられる。

1911年のものということでアジア歴史資料センターで調べてみたが、私の探し方が良くなかったのか、総督府令第124号自体は見つからなかった。

さらにgoogleなどで検索を続けると、以下の内容がひっかかった。


http://www.ksyc.jp/sb/200409geppou.htm

<第225回朝鮮近現代史研究会(2004年4月18日)>

「創氏改名」における差異化のベクトル   水野直樹

 創氏改名」をめぐっては、その強制性を否定する発言を日本の政治家がするなど、社会問題・外交問題となっている。「創氏改名」はよく知られているにもかかわらず、研究そのものはそれほど多くない。植民地支配全体の歴史的性格と関連づけて、今後様々な角度から研究しなければならない課題である。

 「創氏改名」は朝鮮人に日本的な氏名をつけさせる政策と理解されているが、実際には日本人と区別することができない氏名よりも、「朝鮮人らしい氏名」をつけさせる方向で実施されたのではないか、という疑問が本報告の出発点である。「併合」直後に朝鮮人が「内地人に紛らわしい姓名」をつけることを禁止する措置がとられていたが(拙稿「朝鮮植民地支配と名前の「差異化」――「内地人ニ紛ハシキ姓名」の禁止をめぐって」山路勝彦・田中雅一編『植民地主義と人類学』関西学院大学出版会、2002年)、それは植民地支配秩序を維持するためであり、取締りなどに便利な仕組みをつくるためであった。「創氏改名」の政策案に対して朝鮮総督府警務局などが反対をしたというのも、日本人と朝鮮人の名前に差異を残しておくべきだという認識からであった。


とあり、研究としては(「朝鮮植民地支配と名前の「差異化」――「内地人ニ紛ハシキ姓名」の禁止をめぐって」山路勝彦・田中雅一編『植民地主義と人類学』関西学院大学出版会、2002年)というものがあるらしい。

この記事を読む限りにおいては確かに「内地人に紛らわしい姓名」を禁止していたという事実があったということが読み取れるが、朝鮮人がすすんで日本名を名乗りたがったかどうかまでは分からない。

ただ、実例として言えば、日韓併合より遙か以前から、朝鮮半島では事大主義というものがあり、名前や服装まで上国の真似をするという傾向はあった。

このあたりの事実関係については今後も調査が必要だと思うが、日本名を名乗ることを強要し、名前を奪ったといういわゆる創氏改名のイメージとは大きく異なっていると言って良いのではないかと思う。

( ´H`)y-~~

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「創氏改名」という誤解(その1)

朝鮮の場合を言う前に、先ず、日本人自身がけっこう誤解している日本人の苗字について書いておきたい。

正直、詳細に調べるのがめんどくさいので、今日の所は過去に書いた文の再掲で誤魔化しておこう。(笑)

…以下、「氏」(uji)「姓」(kabane)「苗字(名字)」(myouji)について、国語辞典(広辞苑)の記述を抜き書きする


【氏】uji (1)血縁関係のある家族群で構成された集団。氏族(clan)。万二○「大伴の―と名に負へる大夫(ますらお)の伴(とも)」 (2)古代、氏族に擬制しながら実は祭祀・居住地・官職などを通じて結合した政治的集団。その内部は、姓(kabane)を異にする家族群に分れ、上級の姓を持つ家族群が下級の姓の家族群を支配し、最下層には部民(べのたみ)および奴婢(ぬひ)がある。

【姓】kabane
(1)古代豪族が政治的・社会的地位を示すために世襲した称号。臣(おみ)・連(むらじ)・造(みやつこ)・君(きみ)・直(あたい)・史(ふびと)・県主(あがたぬし)・村主(すぐり)など数十種がある。はじめは私的な尊称であったが、大和朝廷の支配が強化されると共に朝廷が与奪するようになり、臣・連が最高の姓となった。大化改新後の六八四年、天武天皇は皇室を中心に八色(やくさ)の姓を定めたが、やがて姓を世襲する氏(uji)よりも氏が分裂した結果である家(ie)で政治的地位が分れることになって、姓は自然消滅した。

【名字】myouji
(1)(代々伝わる)その家の名。姓。家名。古代では、氏(うじ)の名、また、氏と姓(かばね)とを併せた名。
(2)同一の氏から分れ出て、その住む地名などを取った家の名。平氏から出た千葉・三浦の類。苗字。


「氏」と「姓」は古代に由来するものであるが苗字(名字)は中世になり土地の私有が行われ、地名を家族の名前とすることに由来するとされる。


http://www.harimaya.com/o_kamon1/seisi/sei_uda.html

より。


荘園制度によって土地を所有した名主は、土地の所有を表明するため、土地に自分の名をつけ、所有地を名田と称した。氏から分かれて独立派生駿時代になると、所有地の字名(azana)を家名とする風習が生まれて、この家名を名字とよび、広大な領域を持った者をのちに大名とよぶようになった。苗字のほうは、平安時代になって子孫が繁栄することを期待して、吉祥を意味する文字を選んで家名とする風習が生まれ、これがのちに苗字と呼ばれる語源になった。

上記が大まかな説明であるが、実際には他に様々な要素が絡んでくる。

江戸時代になると武士や貴族以外の身分の者は原則として苗字(名字)を公称できなくなる。(公称できなくなっただけで無くなったわけではない)

これら学者・医師・農民・町民など庶民のうちで特に功績のあった者に対して幕府や藩が「苗字帯刀を許す」として許可した苗字というのもある。

また、いわゆる「屋号」というのもある。

現実には上記のようにはっきりとした区別がされていたわけではなく、家族の名前family nameは混用、混同されてきた。

明治時代になって近代的な戸籍制度を整備する上で家族の名前family nameを統一する必要に迫られて、 1875(明治8)年、「平民苗字必称義務令」という太政官布告を出し、苗字を名乗ることを義務づけた。

日本における「創氏」である。

朝鮮半島においては民族特有の事情があり、日本の場合とは当然異なってくる。

( ´H`)y-~~

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北朝鮮と李氏朝鮮

しかしまぁ何であの半島の連中はこう毎日毎日メガトン級のネタ、投下してくるかな?


http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20050210i115.htm

核保有・6か国協議参加は無期限中断…北朝鮮が声明

声明はさらに、「我々は自衛のために核兵器を製造した」として、これまで「核抑止力」などの表現で示唆していた核保有を初めて公式に表明。

(読売新聞)


…まさかとは思うが、サッカーに負けたからついカッとなってやったんじゃないだろうな?

…詳しいことは、他の方々が書くだろうけどさぁ…

やっぱり、あれを国家だと思うから分からないと思うんだよね。

あれは悪の組織なんだよ。

…世界征服のために幼稚園のバスを乗っ取ったりするような。

悪の首領がいて、幹部がいて、怪人(工作員)がいて、戦闘員がいる、と考えれば分かりやすい。

やはり、これは自衛隊に5人程度の精鋭部隊(一人は女性)を作って対抗しなければ。


さて、この北朝鮮の瀬戸際外交であるが、歴史をひもとくと、やはり似たようなことはあるものだ。
李氏朝鮮末期(日清政争以後、大韓帝国となった時代もあるが)に高宗は、ロシアに近づいたり日本に近づいたりしながらも国家のことと言うよりは自らの権威権力の保持と体面の維持、保身に終始していた。条約締結などの際も「国家の意志」ではあったが、その肝心の高宗が国内国外で言葉を使い分け、その時その時で柔軟に…というか、行き当たりばったりに適当なことを言い、結果として国を失ったわけである。

1月25日
2月1日
の関連で言うと、李泰鎮氏は「第二次日韓協約において高宗は同意していなかったから無効nida」と言うが、歴史的にではその高宗の意志がどういうものだったかを考えてみると、やはり行き当たりばったりだったんじゃないかと言うことになる。

また、李泰鎮氏は当時の大韓帝国の国内法に基づく手続きに反すると主張しているが、そもそも「国際法は国内法に優先する」という大原則をどう考えているのか分からない。

…金正日も高宗も(そして李泰鎮もだが)、かの国の人は行き当たりばったりに適当なことを言って、言い逃れようとしたがるような気がしないでもない。

一般化は禁物だが。

( ´H`)y-~~


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「在日」と「帰化」

48023-4498124-0-13980635-pc…2ちゃんなどで噂を聞いたので、普段は買わないニューズウィーク日本版(2005年2月16日号)を購入した。

そのニューズウィーク日本版(2005年2月16日号)には、鄭大均氏による以下の記事が載っている。


妹よ、日本国籍を取れ

 「涙も出ないような情けない判決。ここまでひどいとは思いませんでした。世界中に言いたい。日本には来るな!日本で働くことはロボットになること。人間として扱われない」
これは1月26日、在日韓国人の鄭香均が語った言葉である。

中略

ずいぶん過激な内容だと思ったが他人事のようなことは言っていられない。原告は私の妹である。
 それにしてもなんという皮肉だろう。私は今まで、韓国・朝鮮籍を持ちながら本国への帰属意識に欠ける二世や三世の在日コリアンは、早く日本国籍を取得して日本社会のフルメンバーとして生きるべきだと主張してきた。一方で私の妹は、自らを抑圧や差別の「生き証人」として位置づけて行動している。帰化などというのは、彼女にとって敗北を意味するに違いない



…正直、頭が痛い。


日韓・日朝問題に関心を持ってきた人ならこの頭の痛さは共有して貰えるのではないかと思う。

「在日韓国人の終焉」を書き、在日朝鮮人・韓国人は日本国籍を取得し日本社会のフルメンバーとして生きるべきと主張してきた兄と

管理職試験の受験を拒否した東京都と裁判で争い、帰化を受け入れずに「象徴的な弱者」としてサヨク的、政治的に戦った妹。

兄妹でありながら、その間には深い溝がある。

ニューズウィークの記事は続く


 ところで公務員就任権の問題は外国人参政権法案と並んで、この国が公正な社会を実現し、多文化共生社会を実現するのに寄与するものとして語られることが多い。だが、これもおかしな話ではないか。日本で言う「外国人」とは主に韓国籍や朝鮮籍の人々だ。リベラルと呼ばれる人々は彼らに公務員就任の機会と参政権を与えるべきだという。それならなぜ日本国籍を付与し、この社会のフルメンバーとして受け入れないのか。

まったくそのとおりである。

…私にも、ある程度の想像しかできないが、おそらくサヨクは自らを大衆や弱者の味方と位置づけ、反体制、反権力を装う上で、象徴的な「弱者」としての在日を求めているのではないかと思う。
過去にも書いたが、外国人参政権法案に賛成する政党に電話をして「何故、帰化ではいけないのか?」を訊ねたが、明確な答えはいただけなかった)

そして、それは当事者である在日の利益にはつながらない。

また、在日韓国人・朝鮮人(のうちの、ある種の方々)が帰化を拒む理由については、私には皆目分からない。


多文化共生社会。結構なことではないか。是非とも民族の文化を大切にし、誇りを持って共に生きて欲しいと思う。

同じ「日本国民」として。


( ´H`)y-~~

(*いわゆる在日韓国人・朝鮮人の当事者の方には色々な考え方がある。今まで私が一方的に参考にしていたのに、先日、トラックバックを戴いて驚いたが、コリアン・ザ・サードのらー氏もそうした普通の方々の一人だと思う。こうした方々には是非とも「朝鮮半島系日本人」としてさわやかに生きて欲しいと思う。)

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( ´H`)y-~~サッカー

何はともあれサッカーである。
対北朝鮮戦である。
選手、サポーターの方々にどのような思いがあったかは分からないが、あの北朝鮮が相手である。
テレビで見ていた私は大いに盛り上がったし、勝ったのは嬉しいことであるが、今、実は一番楽しみなのは明日、マスコミがどのように報道するか?であったりする。

また何か面白い記事が載るのではないかと期待している。

ところで朝鮮半島では大昔からサッカーが盛んだったらしい。
今から60年ほど前、私の父は満州にいた。満州とは言っても現在の北朝鮮との国境付近で、今でもよくニュースなどで出てくるような場所である。
当時からこの辺りには朝鮮人が多く、また、朝鮮も近いので、ある程度交流があったそうだが、その頃既に朝鮮人達はサッカーを楽しんでいたらしい。
日本人とはまた違う熱気があったという。

ワールドカップのこともあり、韓国のサッカー熱はまぁみなさんよくご存じだと思う。

こういう機会に相互に理解を深め、真実を学ぶきっかけになれば良いとは思う。

昔はこんな事もあった。


http://www.mainichi-msn.co.jp/sports/soccer/news/20050202ddm012050019000c.html

◇韓国との一騎打ち

日本の初挑戦は第5回スイス大会(54年)予選。台湾の棄権で日本と韓国の一騎打ちとなり、3月に東京・明治神宮競技場で2試合が行われた。結果は日本の1分け1敗で、韓国が初出場を果たした。

 予選はホームアンドアウエーで行われるはずだったが、韓国の李承晩大統領が日本代表の入国を許可しなかったため、2試合とも東京で行われた。また、日本に負けることを許さず、韓国チームに「負けたら玄界灘に身を投げろ」と言った李大統領の言葉は、今も語り継がれている。



…北朝鮮の選手、無事かな?

( ´H`)y-~~


*補足:報道ステーション見ていたら、どうも北朝鮮では負けたら報道しないらしい。…まぁ、命までは取られないだろうと思う。

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( ´H`)y-~~2ちゃんの夏、NAVERの冬

今日はネタが思いつかないので簡単に。

ここ数年、NAVERなどの翻訳掲示板を見ていて知ったこととして、韓国では冬休みが長いと言うことがある。
旧正月を祝ったりする関係かも知れない。
学校によって多少違うようで詳しくはよく分からないが1月2月はどうも休みのところが多いらしい。

となると、ネット名物の冬厨である。

NAVERはこの時期になるといっそう厨房率が増し、話にならなくなる。

( THT)y-~~

また、もう一つ気が付いたこととして、徴兵前の若い人と徴兵後の社会人とでは何故か精神年齢に大きな開きがある。
むろん、韓国でも民主化などいろいろな世代による差があるのかも知れないが、通過儀礼の前後でもかなり変わるような気がする。


ところで急に話を変えるが、在日韓国人・朝鮮人問題に関わって「日本に住んで税金も払ってるのに!」という言葉もよく聞くような気がしないでもないが…私が昔々に斜め読みした行政学の本では税金で供給される行政サービスは基本的に利益不可分排除不可能なものを主なものとするようなことが書いてあった。

要はみんなの利益になって、みんなが使うサービスで税金払わない人を排除出来ないようなものが主なんだそうな。

だからものすごく大雑把に言うと

「税金払わないなら、道路使うな」

と言っても無理なわけだ。

定住している以上、受益者であることは間違いないんだし、経済活動だって日本でして居るわけだから…それは仕方ないんじゃない?


( ´H`)y-~~


*行政学は全くの素人なので間違いがあったら訂正します。

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( ´H`)y-~~日本国王のお話

数日前のことになるが、産経新聞に韓国の主要マスコミの天皇陛下の表記が「日王」に後退したとの記事が載った。


http://www.sankei.co.jp/news/050203/morning/03int002.htm

「天皇」表記「日王」に後退 日韓関係に影響も 韓国有力紙

 【ソウル=黒田勝弘】日本の「天皇」という呼称に対し韓国ではいまなお否定的な雰囲気が強いが、これまで韓国政府の方針に従い「天皇」と表記してきた有力紙の東亜日報が最近、あらためて表記を「日王」に変え話題になっている。これで韓国マスコミでは朝鮮日報、中央日報を加えた大手三紙がすべて「日王」派となり、「天皇」派はKBS(韓国放送公社)や韓国日報など少数派になった。

 この呼称問題については盧武鉉大統領が先ごろ年頭記者会見で「天皇と呼ぶべきか日王と呼ぶべきか自分は準備ができていない」とあいまいな発言をして関心を集めた。


なお、韓国政府は「国際慣例に従い相手国の呼称を尊重し天皇と呼称する」とのことである。

盧武鉉の場合は国内向けのパフォーマンスか、あるいは単にものを知らなかっただけだろう。

ところで朝鮮日報にも以下の記事が載った。


http://www.chosun.com/editorials/news/200502/200502030396.html

[李圭泰 コーナー] 天皇 呼称

日本 国王を 天皇(天皇)で 称する のが 政府の 方針という 報道が あった. 自分たちが 呼ぶ 呼称に 付く のが 相対国に 大韓 外交上 礼儀です, 慣行という 次元で そういう の ようだ.

中略

よって 事大するの ない 同等な 国同士は 私の(帝)だと 呼ぶの なくて 王で 呼ぶ のが 妥当だ.

島国である 日本が 殖民国家も ないのに 皇帝(皇帝)より たいてい 団 柄が 高い 天皇(天皇)で 呼んだ のは 自国 事情である だけ, 我が国とは 数千 年 対等な 王国だった. 明治維新(明治維新) 後 これ 政治改革を 我が国に トンゴした 外交文書に ‘皇室(皇室)’, ‘奉勅(奉勅)’ など 皇帝だけが 使う 数 ある 用語を 使おう 当時 日本 外交を 担当した 安東与えた(安東俊)銀 “硫黄(皇)イラン 天下の 地を 従えて 連れて 尊敬される 主人だ.

朝鮮は 日本 賃金を 硫黄(皇)で 仰いだ ことが なくて 天子 外に チック(勅)イラン 言葉を 使った のを 接して見た 時 も ない”と して 数百年 約條が あって 帰国 賃金を 国王だから 称して来た のに こんなに 変更した のを 置いて 調整では 我が国を 隷属させる ずるい 陰謀だと 大きく 怒って あると言いながら 文書を 返した.


機械翻訳の精度が良くないが、大意は分かると思う。

これが韓国の有力マスコミのコラムなのだから笑わせる。

ちなみに上記のコラムの筆者には、先日メールを送付し、訂正を求めたが、今のところ訂正の気配は無い。

細かいことはzeong氏の日記私が過去に書いた文を読んで頂きたいが、要は日本国王は征夷大将軍のことである。

しかも、上の記事の中でもあるが、国書受け取り拒否がどのような世論を巻き起こしたかという歴史にも学んだ形跡がない。

皇太子殿下訪韓の計画があるらしい。

また、韓国政府は国際慣例に従うとのことなので日韓相互に誤解があってはならないが、このような反日本的な世論がある今、皇太子殿下訪韓には慎重な判断が求められると思うし、日本国民としても政府には慎重な対応を取って頂きたく思う。


ところで1月28日にも少し触れたhttp://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2005/01/28/20050128000069.html「フライドチキンの中から虫」 腹を立てた客が大便まくという記事であるがNAVERに以下のような記事が投稿された。


http://bbs.enjoykorea.naver.co.jp/jaction/read.php?id=enjoyjapan_16&nid=1149593

[見出し] トンタッ集人前社でも, これが真実だ!

28日トンタッの中で虫が出たという理由で飲食店に人前を振り撤くなど乱暴をはたらいた神謀(36)さんが非拘束起訴されたという内容が報道された. しかし言論の報道内容が事実と違うという主張が出て衝撃を与えている.

中略

事件の発生した飲食店はソウル城北区敦岩洞に位した 'オンダルドンカス'で 27年の伝統を誇る所. 新一建業はこの一帯の地を買い入れて大規模ショッピングセンターを作ろうと計画していた. しかし敷地買入過程で相当金額の権利金を与えて商売をして来た 30-40人の商人に途方もない補償金を提示して撤収を要求して摩擦をもたらして来た. 結局新一建業は撤去業者を雇って仕事を解決しようと思ったし撤去業者たちは無慈悲な方法で商人たちを苦しめて来たことで現われた.


韓国の、それもネットの情報であるのでどこまで信頼して良いか分からないが、要は地上げらしい。


いずれにせよ…「頭の中にも虫がいるんじゃないか?」という感想には変わりはないが。


( ´H`)y-~~

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( ´H`)y-~~遠出して大きな本屋に行った

きょうは遠出して大きな本屋に行った。

めあてにしていた朝鮮半島史関連の辞典はあまり良いのが無くて今回は断念したけど、良い本を手に入れた。

ネットでは既にいろいろな所で話題になっていた南京事件「証拠写真」を検証する(草思社)である。

以前、私は

プロパガンダ写真研究室
http://www2u.biglobe.ne.jp/~sus/home.htm
大虐殺派のウソ写真と証言
http://www.history.gr.jp/nanking/lie.html
新しい歴史教科書をつくる会・栃木県支部有志のページ/歴史教科書の夜明け
http://f1.aaacafe.ne.jp/~iserlohn/

の方々のサイトを参考にして、”写真掲示の注意”という文を書いた。
詳しくは直接に下記のurlから見て頂きたい。

http://www.geocities.jp/nobuo_shoudoshima/shashin1.html

いろいろな翻訳掲示板で韓国人が出所不明の残虐写真を何度も上げるため、作ったものである。


また、誤解しないで頂きたいこととして、私もこの”写真掲示の注意”の中で


私は日本軍が行った「事実」については認め反省する。 しかし、悪意により拡大解釈されたものを放置するのが良いとは思わない。 韓国の機嫌をとって何でも謝ればいいというものではない。 そういう無責任な態度はかえって有害と考える。 もし、より良い関係を築き挙げようとするならば、「真実」を追求する必要があると考える。

と書いたし、
南京事件「証拠写真」を検証する(草思社)の「エピローグ」においても


ウソを取り払おうとする努力を妨げようとする人こそ、日中関係の真の構築を妨げているのである。このウソが取り除かれなければ、ウソによって作られた憎悪の感情が中国における反日と日本における嫌中の悪しき連鎖反応を生み出していく。そして、このままでは、それがどこまでもつづいていくのではないか。このウソが取り除かれるとき、はじめて真の日中友好が始まるであろう。

と書かれている。

以前書いたことの繰り返しになるが、時には厳しい「真実」を突きつけるのが真実の「友情」では無いかと思う。

( ´H`)y-~~

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( ´H`)y-~~いわゆる「従軍慰安婦」の話(その1)

今日もちょっと風邪気味で頭が冴えないので簡単にして、後日、その2以降で詳細に触れることにしよう。

いわゆる「従軍慰安婦」問題について、「否定派」とはいっても可哀想なおばあさんを全否定しているわけではないことを先ず確認しておきたい。

可哀想なおばあさん達の人生が苦しいものであり、ひどい目にあったことは別に誰も否定してない。

この場合の論点は「強制があったか無かったか」である。

国家・軍の強制によって慰安婦にされたのか?ということが論点であり、文書によっていわゆる「証言」なるものの裏付けがなされた事は無い。彼女たちが本人の意志と反して娼婦となったことは充分にあり得るが、彼女たちを強制した主体はいわゆる女衒であって国家では無い。

彼女たちの境遇は同情すべきであろうが、情緒的な部分と法的責任の問題は全く別のものであり、故意に混同し情緒的な謝罪論につなげるのは大きな間違いである。

とりあえず「従軍慰安婦問題」に関してよく言われることとして吉田清治という男が嘘をついて、サヨクが煽ったというものがある。

1983年に吉田が「私の戦争犯罪・朝鮮人連行強制記録」という本を書き、その中で済州島で慰安婦狩りを行ったと書いた。

愛すべきニッポンの隣人達というサイト中の記事より引用すると

http://www.ii-park.net/~imzapanese/rekisi/ianfu.htm


「翌日から徴用隊は慰安婦の狩り出しを始めた。・・・私は直ちに部落内の狩り出しを命じた。路地に沿って石塀を張りめぐらせた民家は戸が閉まっていて、木剣を持った兵隊が戸を開けて踏み込んで女を捜し始めた。・・・隊員や兵隊達は二人一組になって、泣き叫ぶ女を両側から囲んで、腕をつかんでつぎつぎに路地へ引きずり出してきた。若い女ばかり八人捕らえていた。・・・」

しかし、同じく上記urlによれば


吉田証言は朝日新聞やテレビ朝日にたびたび登場したが、内容に疑問を持った方々(中村粲氏、板倉由明氏、上杉千年氏ら)の検証によって、軍の命令系統から本人の経歴まで全てが嘘であることが判明した。秦郁彦氏は、唯一場所と時間が特定されている済州島へ現地調査に出かけたが老人たちに聞いても完全否定され、すでに調査を行っていた『済州島新聞』の女性記者にも「何が目的でこんな作り話を書くのか?」と聞かれる始末であった。この問題には、第三者としての証言者がいないということである。 (我が子に伝える誇りある近代史 被害者は、どういう人たちかから。)

秦郁彦氏の著書は私も複数持っているし、有名な済州島の調査も知っているが、中村粲氏、板倉由明氏、上杉千年氏についてはまだ読んでいないので今後調査する。

ところでよく言われることとして吉田清治は後に自分で嘘と認めたと言われているが、そのソースは
http://www.tamanegiya.com/jyuugunniannfu.html
によれば


秦教授に聞くと、「いやあ、さすがに職業的詐話師ですね。日本政府が事後立法で吉田を処罰 するなんてことはあり得ません。彼もそのところは分かっている。つまり、吉田はいかなる意味 でも安全なんですよ」と、呆れる。 「つい先日、彼とクマラスワミ報告書のことで話したんですが、彼は僕の著作を実によく読んで いましてね。こちらが指摘したいところを先に言い繕うんです。済州島での慰安婦狩りにしても、 今になって”全羅南道でも同じ慰安婦狩りをやった。その体験を混ぜて書いた。だからあれはフィクションです。”などと言うわけです。じゃあ、全羅南道の件はいつの話かと聞けば”それは地元の人に迷惑がかかるから言えない”とくる。彼は自ら処罰を望んでいながら、実際にはその ”資格”がないという、世にも珍妙な存在なんですよ」

(*「週刊新潮」1996年5月2・9日ゴールデンウィーク特集号「従軍慰安婦強制連行 『虚偽レポート』の元凶」から抜粋)


とあり、「週刊新潮」1996年5月2・9日ゴールデンウィーク特集号の記事において秦郁彦氏が語っているものであるとのことである。

いずれにせよ、文書の裏付けが全く取れず、現地で取材しても該当する事実は無いのなら、およそ証拠として考えることなど出来ない。


( ´H`)y-~~

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左舷!弾幕薄いぞ!

「左舷!弾幕薄いぞ!」

…私のサイトの掲示板に、このネタがのっていた。

ガンダムを知っている人ならよく分かるかと思うが、ブライト・ノアのセリフである。

どこで読んだか忘れたが、実際、何故かホワイトベースは左側に被弾することが多いのだそうな。


まぁ、その話は置いておいて、今日はすげー頭が重いので頭を使った文が書けないので、ちょっとサヨクの話をしよう。

独り言モードの駄文なので今日はまぁヒマな人だけ読んでくれたら良いと思う。


*謙遜ではなく、マジで駄文なので注意!!



「左翼」というのは一般に、いわゆる急進派・社会主義・共産主義者などの勢力の事を指す。
言葉の起源としてはフランス革命時に急進派のジャコバン派が議会の左側に陣取った事に由来するとされている。

ところで近年、左翼が元気がない。
よく2ちゃんねるに貼られるコピペに以下のものがある。


マス板に限らないが、ここ数年左右の議論が全くかみ合わない理由は「左右各論」という上部構造と「左右厨論」という下部構造、二段階構造の中で、左の上部構造が消滅したから。

つまり、右の上部構造は良し悪しは別にして「中韓の反日教育はおかしい」とか「北の拉致に経済制裁を」「30万人の根拠出せ」「日本の著作物パクるな」など個別の具体論が展開されてるのに対し、左側の上部構造が全くそれに反論できていないこと。あるいは存在していないこと。

だからこういう議論に対して「ウヨ必死だな」「原理、勝共統一カルト!」「引きこもりウヨ(プ」 「精神的弱者」といった罵倒でしか返せない。

本来なら「左右厨論」段階に留まるはずのレッテル貼り、 「朝鮮人死ね」的な右の下部構造とやり合ってればいいレベルの左が右の上部構造に挑まざるを得ないから「左翼って馬鹿じゃないの?」という認識が勢いを増していく。

結局、リアルの御時勢と同様、左の論客が絶滅しかかってる。あるいは、も言い返せないほど追い詰められてる。
だから議論にならない。絶対に個別の議論からは逃げる。同じ土俵には死んでも上がらない。上がりたくても上がれない。

「北朝鮮は21世紀を駆ける千里馬のように発展するだろう」と言いたいが、 それがどういう意味か気付き始めた左の上部構造は閉じ込められたマグマのように発散先を求めてる。それが>>58や>>62のような形で漏れてくるのだろう。

まぁこの状態では現在の「右派」が分裂するまで弁証的議論は望めないね。


いわゆる「左の上部構造」とは言ってみればかつては幅をきかせていた「人権」であり、「社会主義」であり「共産主義」であろう。

時代的に言えば1960年代末には日本においては既に決定的に退潮が明らかになり、1970年代末から1980年代にかけては、もう目に見える形で「左翼」的な思想の欠点が明らかになっていったように思う。

要は
・貧しい時代には「貧しい者、弱者の味方、反権力」という錦の御旗が一般の人々にも通用した。
・しかし、高度経済成長以降、生活が豊かになるに従って、錦の御旗に対する支持が少なくなっていった。
・同時に、あさま山荘事件などの事件が起こり「極左」への見方は決定的になった。

さらに、共産主義国家の実態も明らかになっていった。
いくら検索しても見つからないの困っているが、1980年代初期に産経新聞に北朝鮮の特集が連載されていて、金日成の独裁や貧困の実態、さらに「帰国事業」の犠牲となった人々の窮状などが描かれていた。
確か当時はほとんど一般には受け入れられなかったように思うが、現実はみなさん既にご存じのとおりである。

実は共産主義自体に致命的な欠点があって、それは何かをチョー簡単に言うと人間は情けないほどに欲と情で動き、「理性」など無力ということであり、また「平等」なんか妄想ということである。

「民主主義」にしても少数意見が留保され、政策の蓄積によって改善が期待できるシステムであり、流動的な社会においては適しているというだけのことであり、「暴力の独占的な行使」に基づく権力という抑圧的な性質を持つ暴力装置であることに変わりはない。
過剰な期待や幻想を持つべきでは無いし、所詮は社会という変数が変われば他のもので置換可能な関数に過ぎないわけだ。


何故に退潮著しい日本の「サヨク」が反日主義なのか?
何故に「上部構造」が弱いのか?というと、それは「サヨク」が本質的にインテリゲンチャだからである。
もともとの出典はトインビーの「歴史の研究」であるがとっさに引用できないのでうろ覚えで失礼すると
インテリゲンチャは社会の変革期に人工的に作られた知識階級であるが必ずしも権力に加わることができるとは限らず、権力から疎外されたインテリゲンチャは権力からも、また大衆からも二重に疎外された存在になるということらしい。

所謂「マスコミ」や「学者」などもおおかたは「権力から疎外されたインテリゲンチャ」になる。権力から疎外されている故によりいっそう権力志向を増し、かつ既存権力を否定する。
怨念超人ルサンチマンの誕生である。

日本の場合、日本的価値の全否定というのがマスコミや学問の世界の「進歩的」な文化として喧伝されていったわけだ。また、近年特に否定的な意味合いで「プロ市民」という呼称が使われるようになったことでも分かるように「サヨク」は権力からも大衆からも疎外されているが故に大衆の代弁者を装う。


韓国や北朝鮮、在日との関わりで言うと、「サヨク」は「弱者の象徴」として彼らに利用価値を見いだす。その結果、サヨクの反権力という権力志向の運動体の論理が優先され、「弱者」の利益はないがしろにされる。

以下は韓国の場合であるが、荷担している「サヨク」もいるので例として取り上げると


http://www.zephyr.dti.ne.jp/~kj8899/kforum.html

受け取り7人に深い心の傷、批判浴びて韓国元慰安婦 [共同通信 1997年6月20日配信]

 日本の「女性のためのアジア平和国民基金」(アジア女性基金、原文兵衛理事長)による元従軍慰安婦への償いの事業で、韓国の元慰安婦七人が今年一月に一時金を受け取ったことに対し、国家賠償を求めて民間基金は受け取るべきではないとする韓国内の支援団体やマスコミが猛反発、七人は厳しい批判にさらされ続け、心に深い傷を受けている。
 追い打ちをかけるように、最近、元慰安婦支援のために行われた市民運動の募金で、七人だけが対象者から外された。七人は「同じ被害者なのに」と不当性を訴えている。



NAVERの反日韓国人にもたまに腹が立つことがあるが、私はこういう運動体の論理を優先させる連中に対しては、ほとんど殺意に近い感情を持ってしまう。


1月27日に書いた内容と関連して言うと鄭香均さんやその「支持者」は在日の利益にならないことしかしていない。鄭香均さんに関しては自分の利益にさえなっていない。その訴訟の期間に帰化していればとっくに解決した問題であろう。


従来は「サヨク」はマスコミや学界に多かったこともあり、知識・情報の発信などにおいて極めて大きな影響力を行使していた。
「サヨク的思想」の欠点が目に見えるようになってからも「サヨク的言説」は無くならなかった。

しかし、ネットの普及によって知識・情報の発信などにおけるほとんど独占的な影響力は彼らから失われた。

私はニフティ時代から…数年以上前から、見てきたが…
初期においては「サヨク」の「市民」による情報発信の新しいメディアともてはやされたが、徐々にネットにおいての彼らの敗走が始まっていった。

そういう初期のサヨク的ネットワーカーの残党はAML半月城通信に見ることが出来ると思う。

…連帯してくれると思っていた「市民」から「プロ市民」と言われて疎外されるようになったわけだ。

サヨクの敗走は続く。しかし、右翼ばかりの世の中になってもそれはそれで良くない。

本当の意味でオルターナティヴな思想の復権が望まれる。

( ´H`)y-~~


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( ´H`)y-~~リビアと北朝鮮

( ´H`)y-~~
今日はもう簡単にすませよう。


http://www.asahi.com/special/nuclear/TKY200502020319.html

加工ウラン「北朝鮮からリビア」 米政府が搬出物資分析

1日付の米紙ニューヨーク・タイムズは、核開発計画を廃棄したリビアから米国に搬出された関連物質を米政府が分析した結果、北朝鮮からリビアに加工ウランが渡っていたとの見方を固めたと報じた。濃縮ウランの原料となる六フッ化ウランをリビアが北朝鮮から入手していた可能性については、国際原子力機関(IAEA)が昨年、指摘していた。







お前、何をしてきた?


*補足

(韓国新聞、中央日報の記事)


http://japanese.joins.com/html/2005/0203/20050203200614500.html

リビアからの核物質、北朝鮮産だとの証拠が不十分

米紙「ワシントンポスト」が3日報じたところによると、リビアが米国に渡した核物質の出処が北朝鮮ではなくパキスタンかも知れない。同紙はこの日「北朝鮮がリビアに『6フッ化ウラン(UF6)』を輸出した」という米国の主張に、疑問を示した。



…まぁ、気持ちは分かる。


( ´H`)y-~~

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「日帝の土地収奪」という虚構

韓国では日本による支配下にあった時代に日帝によって土地の収奪が行われたと信じられている。

たとえば、韓国の歴史教科書には


*「入門 韓国の歴史 国定韓国中学校国史教科書」(明石書店)より

日帝の支配下でわが民族はとくに経済的な収奪によってひどい苦痛を受けるようになった。この中でもっとも大きな被害を被ったのが土地の収奪であった。


このように書かれているが、真実はどうだったのだろうか?

詳しくは、過去に”『日帝の収奪』について”というタイトルの文を書き、私のサイトに載せてあるので是非、見て欲しいと思う。

http://www.geocities.jp/nobuo_shoudoshima/syuudatsu.html


全錫淡他著、梶村秀樹他訳『朝鮮近代社会経済史』の記述によれば、日本は耕地面積のうち13万4千余町歩を国有地とし、未墾地とされた土地、90万余町歩も接収した。 当時の課税地総面積286万7千余町歩に対して考えると、耕地面積として約5%。未墾地を含めた接収分を入れると約40%の土地を収奪した計算になる。

だが、実は土地調査事業により課税地総面積は424万8千余町歩と確認された。
これは、李氏朝鮮末期の政治の混乱により正確な統計が行われていなかったことに由来する。

この計算だと未墾地を含めても26%となり、未墾地を統計に入れるのは適当でないと考えればさらに少なくなる。


*上記内容は自由主義研究会の杉本幹夫氏の記事http://www.jiyuu-shikan.org/frontline/sugimoto/kyoukasho.htmlを参考にした。

さらに私が上記の内容を書いた後に、Carter J Eckert著「日本帝国の申し子」(草思社)という本が邦訳され、日帝による土地の収奪というウソは完全に崩壊した。

以下、「日本帝国の申し子」より引用する。


(p40)…日本人の農地所有は、ピーク時でさえも総面積の25%を超えることはなかったようだ。また、、日本人による土地の買い占めは、必ずしも朝鮮人地主の土地を減らしたわけではない。日本人の手に渡った民有地の多くは、貧しい自作農や自小作農のものであり、裕福な地主の物ではなかった。さらに日本人が手に入れた土地の多くは国有地(または王室の所有地)であって民有地ではなかった。たとえば東洋拓殖会社の所有地の多くは、王室や中央政府から直接手に入れた土地と、1910年以降に朝鮮総督府を通じて手に入れた未開墾の森林や荒野である。

(p47)…この時代の地所管理、すなわち小作地管理とは小作人から最大限の搾取をおこない、できるだけ多くの小作料を取り立てることだったからである。のちに朝鮮総督府は米価の高騰を抑える政策として、灌漑や開墾に大規模な資金援助をおこない、米の増産を図ろうとするのだが、その時初めて金一族は農地改良や農事改良によって生産性を上げることに関心を示した。つまり、1920年代半ばまでは、もっぱら小作人を締め付けて最大限の小作料を搾りとることに専念していたようである。


(p106)…このように朝鮮人は1919年の時点ですでに企業投資の概念についての知識は持っていた。しかし、投資するほどの資産を持っていた人々(大部分が地主や港湾都市などの都市部に住む商人)は、卓越した投資物件であった土地にそれまでと変わりなく金をそそぎこんでいた。

中略

また、土地への投資があまり労力を必要としない仕事だったことにも注目しなければならない。進取の気性に乏しい地主であっても、ただ小作料を集めるだけで高収入が保証され、その取り立てすらも管理人にまかされるのが普通だった。小作料は収穫高の30~90%、平均50%前後という高率だった。小作人は細切れの土地を与えられ、ひどい扱いを受けていた。何らかの理由で小作料が払えない場合は、すぐに別の小作人に土地がまわされてしまう事も多かった。地税の支払いにしても法律上は地主の義務のはずだが小作人が負担することが普通になっていた。


つまり、近代化に伴う経済構造の変化により朝鮮人資本家が小作農民を収奪するようになったというのが真相である。

しかし、2月1日に朝鮮日報に以下の記事が載った。


http://www.chosun.com/national/news/200502/200502010175.html

親日派 子孫 相次ぐ 土地返還 訴訟…一部 勝訴

"日製 事情 確認されれば 所有権 認める 数 外に"


乙巳五賊の 子孫が 日製から 事情受けた 土地を 回してくれと言う 訴訟を 相次いで 出した 後 一部 訴訟を 勝訴, 土地を 尋ねて ある.

水原地方法院は 乙巳五賊 李根沢(李根沢)義 兄さん イ・グンホ(李根〓) 孫が 日製から 事情受けた 火星, 計算違い, 安城 など 土地の 所有権を 返還しなさいという 訴訟 5件を 申し立て, このなかに 1件が 1心で 勝訴したと 1仕事 明らかにした.

中略

裁判府は そうだが “原告が 河川法 など 関連 法令に 根拠して 被告に 補償を 請求する のは ビョルロンで する”と 明らかにして 基本的 所有権が 存在することを 不正では なかった.

このような 判決に 大海 法曹界は “日製の 土地調査が 収奪を 目的に たいてい のでも 我が国の 土地 所有権の 源泉が なる のは 事実”と言いながら “日製 土地調査から 持ち主で 都合されたら 彼が 売国奴でも 所有権を 認める 数 しか ない の”という 見解を 見せて ある.


「日帝が収奪して売国奴のものになった土地だから返せ」という道理も法理も無い無茶苦茶な主張が韓国マスコミでは受け入れられているらしい。

困ったものである。

( ´H`)y-~~

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日韓併合不法論の続報

1月25日の続きである。

朝鮮日報に会議の記事が掲載された。


乙巳條約 締結, 高宗が 承諾しただろうか

ハワイ 国際学術回の '高宗 同意書を' 攻防
日学者 "高宗が 交渉 指示… 公式記録にも 載せられて"
"日製が 文書 加筆… 日国会資料で 明かされて" 反駁

中略

異態陣(ソウル大) 剛性は(日本 朝鮮大) 教授は “高宗 交渉 指示説は 乙巳條約が強制で 結ばれたという 批判を 撫でさすること ため 締結 直後から 日本側が
組織的に 歪曲・捏造した”と 主張した.

去年 Harada ダマキ(原田環・ヒーローシマ旅大) 教授が “高宗が 両国 交渉を指示したし, 彼 結果である 乙巳條約に 同意した”と言う 論文を 出したのに 大韓 反駁だ.

中略

そうだが 姜 教授は Itoの 秘書室長で 遂行した スズキ ゲイ路区(都筑馨六)街 作った 復命書 下書きには ‘韓国 皇帝は 概して 今度 提案に 同意するの なくて’で なって ある のを 高宗が 結局 同意した ように 加筆・修正したという 事実を 日本 国会 憲政資料室に 所長された 文書を 通じて 明かした.


原田環広島女子大学教授の論文において「高宗が乙巳條約に同意した」という内容があり、それに対する「反論」が行われたと言うことである。

原田環教授の論文とはおそらく
「第二次日韓協約調印と大韓帝国皇帝高宗」、『青丘学術論集』第24集(財団法人 韓国文化研究振興財団、2004年4月)所収
のことではないかと思う。

http://www4.ocn.ne.jp/~aninoji/whatsnew31.html

によると、


② 原田環氏「第二次日韓協約調印と大韓帝国皇帝高宗」、『青丘学術論集』第24集(財団法人 韓国文化研究振興財団、2004年4月)所収、は第二次日韓協約の締結交渉において皇帝高宗が、日本の協約案を修正して調印する方向に韓国政府の大臣たちを動かしていたさまを描いています。

ということである。

朝鮮日報の記事に書かれている範囲では、韓国側の「反論」の「根拠」としては「都筑馨六が作った復命書の下書き」ということであり、憲政資料室に所収されている文書ということであるが、詳細については現時点ではわからない。

ただ、記事を読んだ限りでは、反論になっていないような気がしないでもない。

ところで1月27日の続きであるが、分からなかったので永住外国人の地方参政権付与に賛成している主な政党に電話して訊ねてみたけれども、何故、「帰化」ではいけないのか?という疑問は解けなかった。

やはり、直接に当事者の方と会って話をしなければわかりにくい事なのかも知れない。

( ´H`)y-~~

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