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( ´H`)y-~~ボクのパパの話(4)

( ´H`)y-~~そんなこんなで終戦時、父は比較的無事に日本に引き揚げることが出来た。

引き揚げの苦労は様々な本にある…パパも色々見てきたらしいけど、イヤな話はあまりしないパパだったので、そういうのはあまり聞いてない。でも、引き上げの時、帰りの汽車でタバコ吸おうとカートン単位のタバコを開けたら車内の全員に飢えた獣の目で見られたとか、途中立ち寄った広島の惨状とか、そういう話は聞いた。

満州時代の知人とは奄美のおじさんを除いて長く連絡が取れず、生死不明…というかたぶん死んでると思いこんでいたらしい。数十年後に連絡が取れ同期会にママと一緒に行ったのはきっと最高の思い出になったと思う。…どうも、露助ども、技術要員はそのまま駅で使ったらしく、ほぼ全員無事…ただし、帰国はかなり遅れたそうな。

さて、小豆島に帰ると「外地の人間はみんな殺された」とかいうデマが流れていたそうで、幽霊扱いされて塩まかれたとかいう話もあった。

小豆島に帰ってからはパパは実家で炭焼きとかの山仕事をやっていたので帳面をつけたりしてたんだけど、だんだん木炭で儲からなくなるし、いろいろやりたいこともあるし…

まあ簡単に言うと21世紀の現代では死語になってしまったが当時うじゃうじゃいた「アプレゲール」の一人で、しかも性格的にいろいろアレな人だったので家業には飽きたらしい。それで、車の修理とかいろいろやってたんだけど、当時、ど田舎の小豆島でバイクとか乗ったりしてるとそれだけで不良扱い…でも旧軍の機雷の火薬くすねて照明に使ってウニの密漁とかしてたそうで、ガチ不良…というか…その、何だ…戦前世代の武勇伝というか「もう時効やけどな」は、ガチで時効だから言える話が結構あるので気をつけろ!

そんなこんなで昭和30年代には小豆島を出て大阪で働くようになる。当時のニュース映像とか見てくれたら分かると思うけど、高度経済成長にさしかかろうかという時代だったし、単純に都会は魅力があったと思う。ボク幼少時の記憶でも数十年前の大阪は夢の未来都市だったように思うし。

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